せっけんの選び方 4

信条的、感性的に石けんを選ぶことは簡単です。


しかし、「やっぱり石けんに限る」という場合には、石けんを選ぶ理由、合成洗剤と対比して、だから石けんを選ぶ、ということのその理由が科学的に明確にされていなければなりません。


その論理と根拠が説得力を持つことを認める人だけが、確実に、永続に「石鹸を選ぶ」ことができるのです。


私は、明らかにされた事実に基づいて、人体、環境に対してより安全で問題の少ない石鹸を、そしてコンパクト型、外資系の合成洗剤よりもはるかに洗浄力の強い石鹸をもっと普及しなければならないと思います。


同時に、はじめに述べたような最近の新型洗剤の激しい伸びが虚構の宣伝、コマーシャルによることをはっきりと見抜かなければならないと思っています。


このブログが、家庭や子供たちの安全と健康を願い、水や環境の保全と浄化を目指す多くの方々に読まれることを希望してやみません。

せっけんの選び方 3

コンパクト型洗剤は軽量、効率化を目的として開発されています。


1)LAS主剤型への回帰


2)LAS比率の増強


3)酵素剤の添加


・・・などが認められることを特徴としています。


他方、外資系洗剤は


1)有リン型もみられる


2)合成洗剤の枠を出ない


3)販売方法が特殊である


この点などを特徴としています。


もちろん両者とも蛍光増白剤を含んでいることは、いうまでもありません。


私は、コンパクト型、外資系の各合成洗剤について、以上の特徴のうち、特に環境、生物影響という重要な部分にスポットを当てた検討を加えることにしました。


そして、これまでほとんどデータのなかったコンパクト型、外資系の各合成洗剤と石けんの洗浄力の優劣を自分たちで実験によって明らかにすることを試みました。


さらに、合成洗剤のシンボル的な存在である蛍光増白剤について検討しています。


・・・以上の入念な解析のまえに私が到達した結論は、「やっぱり石けんに限る」ということでした。

せっけんの選び方 2

1986年頃までは、全国的に30%程度まで石鹸の供給率を徐々に増やしてきた生活協同組合。


この組合でさえも、87年以降はその伸びの停滞、ないしは低下の傾向がはっきりとしてきたと認められるようになりました。


こうした情勢をふまえて、合成洗剤メーカー側は、石鹸運動は終結したかのようにいっています。


ワイキューブ研究所によると、これまでにも、合成洗剤と石鹸の洗剤としての比較・検討は数限りなくなされてきました。


以上のような状況にある現時点で、わたしたちには、冷静に、客観的に、コンパクト型洗剤や外資系洗剤に代表される新型合成洗剤の問題性を正確に検証することが求められるようになっていると思います。


そして、このことを通じて、私たち消費者、国民にとって、はたして安全で優れた洗剤とは何であるかを決定的に明らかにする必要に迫られていると思うのです。

せっけんの選び方

最近になって、合成洗剤メーカーが開発したいわゆるコンパクト型洗剤は、たった1、2年のうちに、洗濯用洗剤のシェアの大半を占めるほどの勢いをしめすようになりました。


この種の洗剤は酵素剤などを添加して、バイオ、あるいはハイテク洗剤などとも呼ばれています。


おそらく10年に1度現れるかどうかという画期的な商品であるでしょう。


他方でここ数年来、特徴的な販売方法をとりながら、急激にその販路を伸ばしてきた外資系の洗剤の存在は、もはや無視することは出来なくなってきました。


こうした合成洗剤メーカー側の圧倒的な攻勢に押されて、石鹸の売れ行きが急激に落ち込んでいます。


スペースコレクション総研によると、琵琶湖条例制定当時には12%にまで回復していた石鹸の普及率は、昨今では7%ほどにまで低下したといわれています。


電車でGO・・・風変わりなイギリスの列車とイタリアの列車5

かつて[セッテベッロ」という名称でローマーミラノ間を走ったTEEの特急電車にも使われた旧型のETR車両は、運転席を二階に上げ、一階正面に展望席を設けた画期的なスタイルになっていた。

日本では名鉄や小田急やJRまでが模したパノラマ特急のルーツだ。
色の使い方もなかなか大胆である。

ウォーム・グレーを基調にオレンジと紫の帯で車体を取り巻く配色など、さすがファッションの国ならではの発想だ。

カッコよさのみならずユーモアにも長けていて、電気機関車の側面にはカメのイラストが描かれていたりもする。

電車でGO・・・風変わりなイギリスの列車とイタリアの列車4

正面の機能を重んじるイギリスでは、列車の外見に機械的な無骨さが露呈して、表層にとらわれないデザイン・センスを見ることもできる。

一方、イタリアには、外装を自由奔放に作り上げていくセンスがある。
車両のほとんどはクセのある流線型のスタイルとなっている。

自動車のデザインでも力量を発揮する国柄だ。
鉄道車両にもフィアット社によってデザインを施されたスーパーカーのような製品が多い。

小さな窓を正面に並べて先端を尖らせたETRの車両など、他国で出現することはないだろう。

電車でGO・・・風変わりなイギリスの列車とイタリアの列車3

イギリスでは電気や機械によってエネルギーを浪費し、やたらと過保護なものを作ってしまうことは元来の合理主義の手法ではないようだ。

低いホームからの不便な乗降が、人と人とのコミュニケーションを生んだり、若い駅員が走りながらドアをパタパタと閉める音が発車の合図代わりだったり、完ぺきさを欠いた粗野な装置がかえって心に豊かさを導く。

また、ローカル線でも幹線の特急でも、イギリスの二等車にはカーテンやブラインドが付けられていないことも納得できる。
つまり、太陽が照りつけたら、素直にそれを浴びればよい。

それだけ、特に冬の太陽は貴重ということでもある。

電車でGO・・・風変わりなイギリスの列車とイタリアの列車2

乗降ドアの開き方も、独特なセンスがあってならではのことだ。
ドアは当然手動である。しかも外に開く。

しかし、これでは走行中に開いたりすると危険なので、車内には開閉のレバーがない。
では、どのようにして駅で下車するのか。

ドアの窓を上から引き下げて開き、窓の外に腕を出して外側面にあるレバーをひねってドアを開く。
イギリス人たちはこのような面倒なことを、当たり前のように行っている。

雨の日も風の日も、腕を外気にさらしてドアを開かなければならない。
ここまでしてドアを開くのだから、ぼんやりと走行中に誤って開いてしまうことはありえない。
ドアを開く人が否応なしに安全確認できる状況を導く結果となっている。

何でも自動化してしまう日本からすれば、一見不便のようにも思えがちだが、当事者の身体を直接介入させることで目的を確実に果たそうとするセンスは、実に合理的ではないか。

電車でGO・・・風変わりなイギリスの列車とイタリアの列車

それぞれユニークな各国の列車だが、とりわけイギリスとイタリアの車両には、群を抜いた風変わりな特徴を数多く見い出すことができる。

イギリスの国鉄車両が正面と側面とを分けて塗装していることなど、最も典型的な例だろう。
側面は、田園地帯や都市の中でも目立たない地味な配色になっている。

正面には、ホームにさしかかる際や踏切を前にして、どんな時にも目立つような警戒色が使われている。
このように、よそには普及しなかった発想が鉄道発祥国には息づいている。

ヨーロッパの学問!「アカメディア」その3

アリストテレスをはじめクセノクラテス、エウドクソスなどの後継者たちにも恵まれ、学園はたちまちのうちに地中海世界最大の学問のメッカとして不動の地位を獲得しました。

以降900年あまり、529年にローマ皇帝ユスティニアヌス1世によって閉鎖されるまでその役割を担いつづけます。

プラトンはまたアカデメイアで、哲学と政治の一致を実現させるための政治的実践、つまり哲人政治を行なう人材の養成をも目指していた。

プラトン自身それを率先して実行しようとしたのであろう、晩年にシチリア島のシラクサ憎主ディオニシオス2世の招きに応じ家庭教師の任を引き受けるが、結果は惨憺たる失敗に終わり、哲人君主の誕生をみるにはいたりませんでした。