連盟の限界と時代的制約 2
経済的制裁は、本来軍事的手段(同条第2段)と補い合って発動されるものと想定されていました。
・・・ところが現実には、この条文の第一段と第二段との関係については、「経済的措置は義務的、軍事的措置は選択的」というニ者択一のものとする解釈ができてしまいました。
そのため、軍事的手段を背景としない経済制裁という武器そのものまでが無力となってしまったのです。
国際連盟の試みはわずか20年で流産しました。
・・・しかしそのことは、国際機構の存在理由を疑う雰囲気を生むことにはなりませんでした。
むしろアメリカ、イギリスを中心にした連合国の内部では、連盟の失敗から教訓をくみとって、第二次世界大戦後の国際秩序の建設に役立てようという意識が濃厚でした。
具体的には、既に第二次大戦中から、新しく普遍的な国際機構をつくり、連盟に代えようという動きが始まっていたのです。