ヨーロッパの学問!「アカメディア」その1
前399年、「ポリス公認の神々を信じず、新しい神性を導入することで青年を堕落させようとした」という罪で、哲学者ソクラテスに死刑の判決が言い渡された。
ソクラテスは逃げようと思えば逃げられたのにもかかわらず刑吏がもたらした毒杯をしようよう従容として仰ぎ、祖国アテネと国法に殉じる道を選ぶ。この事件の直後だった。
ソクラテスの弟子の一人プラトンがアテネをあとに放浪の旅へと出たのは・・・。
当時のアテネはペロポネソス戦争敗北の痛手からまだ立ち直っていませんでした。
スパルタの武力を背景にした寡頭派(30TH主)による恐怖政治を打ち倒し民主政が回復されたとはいうものの、昔日の栄光時にはまだほど遠い状態でした。